11/1 大三島工場に流下式塩田-大三島塩田がオープン!

2010/11/1

掛け声による合図でボタンを押すと、しばらくして枝条架の上から海水が滴下してきました。これは、当社大三島工場に隣接した大三島塩田で10月28日に行われた「流下式枝条架併用塩田」での公開セレモニーでの様子です。

「流下式枝条架併用塩田」とは、ゆるい傾斜がついた流下盤に海水を送り、ポンプで竹の枝で組んだ枝条架の上方に送った海水をかけて滴下させることを繰り返します。風と太陽の力でだんだん濃い塩水になっていく仕組です。

2005年に計画をスタートし、09年には当社社員でプロジェクトメンバーを結成して専念。枝条架の材料は、柱には愛媛県久万産のひのきを、枝条架は大三島と伯方島の孟宗竹を使用しています。

昭和47年までの昔の塩づくりの方法なので、どうやって再現したかというと・・・。
その昔、親の代から流下式塩田で塩づくりに従事していたという伯方島のお二人-渡辺克哉氏と森仁師氏に指導をお願いをしました。また、幸いなことに、40年前に伯方島で処分されようとしていた流下式塩田に関する資料や文献を当社会長の丸本が今後役に立つであろうとかき集めて保存。それらの資料と経験者お二人の指導のもとメンバーで造ってきました。

この日の夕方には地元テレビニュースで放映されました。それを見た60代や70代の方からは、「懐かしいな~、海岸線を走る列車の窓からたくさんの枝条架が見えていたよ。」と感慨深げでした。

プロジェクトメンバーが肝に命じていたことは「ただの工事従事者ではなく塩づくりの構造を理解しながらつくること」。そして、「当時の技術を伝承していき、その良さを伯方の塩づくりに生かしていくこと」。
当社は、「美味しい塩、体に適した塩」を、これからも求め続けてまいります。

11月1日から見学を受け付けます。

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えひめスイーツコンテストで伯方塩業賞の作品は?

2010/9/1

甘~いお菓子に塩と言えば、そう「塩スイーツ」!
さる8月26日に行われた「えひめスイーツコンテスト」では、愛媛県産農産物を活用したスイーツが競い合いました。審査員には、和泉光一氏(愛媛県出身パティシエ)、鎧塚俊彦氏(Toshi Yoroizukaオーナーシェフ)、鎌田克幸氏(日本菓子専門学校講師)、平岩理緒氏(フードコーディネーター)など数名を迎えました。伯方塩業も協賛し、当社会長・丸本執正も審査員の一人として参加。
競技は、プロ部門とアマチュア部門に分かれて、各15作品が審査されグランプリや各賞が決まりました。

●伯方塩業賞受賞のスイーツは?

アマチュア部門では協賛各社の賞が設けられ、「伯方塩業賞」は北宇和高等学校3年の井上麻衣さんが見事受賞。「やさいブラン」という名のカップケーキです。生産食品科の生徒で、5月末から着手。授業でも家でも作って、先生やお母さんからアドバイスをもらいながら頑張ってきたそうです。
「スイーツというとフルーツが多いのであえて野菜を使ってインパクトを出してみました」と井上さん。切ってみると野菜が入っているのが良く分かります。ブラッドオレンジがアクセントになっており、バターの塩味もほんのり効いています。
ほかの作品の中には、塩スイーツならぬ「ひしお」を使ったスイーツもあり、ちょっとしょっぱいスイーツが勢いを増してきたのでしょうか?

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熱中症に注意! 伯方の塩で手作りスポーツドリンク

2010/8/3

「伯方の塩」レシピ

塩とお菓子『熱中症に注意! 伯方の塩で手作りスポーツドリンク』を更新いたしました。

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弓削島で発見!体験!~古代製塩から現代アートまで~

2010/7/23

現代でもお清めとして使われる塩。
遡ること古墳時代、塩が祭祀に用いられていた事が弓削の属島、豊島(とよしま)での発掘調査から分かりました。
また中世には、有力寺社に田地を寄付する荘園制度が確立。弓削は1239年に京都の東寺の荘園となり、毎年塩を納めていたのです。これは、国宝である東寺百合(ひゃくごう)文書にも記録されています。

このことから、今回「Le Sel・塩」をテーマに日本・フランス交流美術展が7月18日(日)から31日(土)まで愛媛県越智郡上島町弓削で開催中。

シンポジウムでは、日本語がフランス語に、フランス語が日本語に通訳されながら進行し、一瞬自分がどこに居るのか分からなくなりそうでした…
東寺長者の砂原秀遍(しゅうへん)氏が弓削と東寺について、「荘園文化は日本文化の発祥である。東寺に納められたものが京都文化となり、それはすなわち日本文化となった。京都に塩小路通があるが、弓削の塩を庶民も口にしていたかもしれない」と話されていて、歴史の重みを感じました。

●美術展、同じ「塩」のテーマでも作品は十人十色。

日本・フランスのアーティスト39人による現代アート60点は実に様々で、塩そのものを使っている作品もあれば、塩から着想を得たものもあり、魅了されますよ。アートに使われた塩は全て「伯方の塩」です。作品は購入可能で、すでに売約済みのものも!

ジャン-フランソワ デミュール氏の「生命」という作品(写真左)は、会場の青い床を海に見立てて表現されており、「塩は生命に不可欠なもの。私の作品生命につながるということで、作品は塩と水で出来ている」と話されていました。

作品は全て現代アートということで、取っ付きにくい印象をもたれる方もいらっしゃるかも?!
しかし、「古代瀬戸内文化圏と塩」という講演をされた苅谷俊介氏(俳優・考古学研究者)が「何を表しているか分からなくても、何かに惹かれた時に、製作者と見る側がつながる。アートは作品の中のハートを感じ取るもの。」と言われていたとおり、アート鑑賞は特に難しく考えることはないようです。

●「サンマルタン運河風イカの詰め物」

シンポジウム後の交流会で出されたこの料理(写真右)。「伯方の塩」を使っていただきました。パリ市内にあるサンマルタン運河の側に住んでいるアーティストが、運河からインスピレーションを得て、南フランスのプロヴァンス料理を元にした創作料理との事。八角やクローブ、香草やコニャックを使用しているためか、独特な香りが…
地元の方の感想は、「トマトを多く使ったのに、トマトは主張しておらず、何とも言えぬまろやか味」との事で、特に女性に評判のようでした。

7月31日までの期間中はちょうど夏休み。
自由研究の題材にもなりそうな製塩土器づくり、藻塩づくり体験、発掘体験が可能です(期間中要予約)。
ぜひ、ご家族、ご友人とお楽しみ下さい!

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受け継がれる技―「流下式塩田」を再現・・・今秋、公開予定

2010/7/20

見上げると、組み上げた竹の枝からポタポタと滴が・・・それは枝条架(しじょうか)から滴下してくる、しょっぱい水・・・。

この秋、当社大三島工場に完成予定の「流下式塩田(流下式枝条架併用塩田)」。600坪の敷地に15列で高さ5.5m、長さ35mの枝条架と流下盤で構成。その周りにある通路から見学が出来る予定です。(下記の完成予想図参照)

●瀬戸内海沿岸では見慣れた風景だった・・・

瀬戸内の風物詩として親しまれた流下式塩田は、昭和46年に法律で全廃されました。流下式塩田の製法は、流下盤で濃縮させた海水を、ポンプで枝条架の最上段から枝に滴下させて、太陽熱と風の力によって、さらに濃縮させる方法です。
ほどよくにがり成分を残した流下式塩田の塩は、味がまろやかで風味があり健康にもよい素晴らしい食用最適塩だと言われていました。

●当社が願っていた「流下式塩田の復活」・・・

最近分かったことですが、大三島工場の建っている場所には、もともと塩田があったようで「塩濱(しおはま)」という地名が付いていたことがありました。その地で再び日本の海水から塩を採り出すということは、当社が創業当事に願った「塩田塩を復活させて欲しい」という想いとなにかの縁だったのでしょうか。

「流下式塩田に関する技術を社員が体験して、次世代に当時の塩の品質・味を継承しなければ」との想いから当時の塩田技術者のご協力により流下式塩田を再現しました。
当社が誕生するきっかけとなり、創業の想いであった流下式塩田を再現することによって、塩の歴史をお伝えするとともに、当社商品の品質向上に役立てていきます(下記写真は工事途中の様子)。

見学は無料です。
現在、公開に向けて準備中!この秋をお楽しみに。

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「伯方の塩」が現代アートに変身?!

2010/7/15

愛媛県にある弓削島(ゆげじま)をご存知でしょうか?
広島県因島の隣島で、中世に京都東寺の荘園として製塩が盛んだった土地なのです。

近年、愛媛大学考古学研究室が発掘調査を行っており、古代の塩の歴史と文化が解明されつつあります。

そんな「塩」に縁のある弓削島で、「塩」をテーマに、『日本・フランス交流美術展「Le Sel・塩」~弓削ボンジュール ドゥ フランス~』が開催され、新たな塩文化交流を目指します。《2010/7/18(日)~31(土)開催》

初日の18日はオープニングセレモニー、19日にはシンポジウム「塩の道 弓削から京都そしてパリへ」が行われ、18日から31日まで開催の美術展では、「Le Sel・塩」をテーマに日本人・フランス人アーティストによる現代アートが展示されます。

当社も協賛しており、「伯方の塩」を提供しております。
日本人アーティストの手によって「伯方の塩」がどのような現代アートに変身するのか?!当日展示場で完成させるとのことで、楽しみです!
また、19日のシンポジウム後17時からは、フランス人シェフによる伯方の塩使用「サン・マルタン運河風イカの詰物」や、郷土料理がふるまわれる予定。(要予約)

31日までの期間中には、製塩体験(要予約)やボンネットバスによる島内一周観光なども予定されています。

梅雨明けの晴天が見込まれる3連休の2日目スタートのこのイベント。
見て、体験して、「塩」を心ゆくまで味わってみてはいかが!?

詳細につきましては、下記プログラムをご覧下さい。

●お問合せ先
日本・フランス交流美術展・上島町実行委員会事務局
愛媛県越智郡上島町弓削下弓削830-1(しまの会社内)
TEL 0897-77-2232

日本・フランス交流美術展「Le Sel・塩」プログラム(JPEG)

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釣りのチョーさんが大三島工場を訪問!-6月5日(土)テレビ愛媛で放映

2010/6/1

5月30日の日曜日。快晴のもと、しまなみ海道一帯で開催された「第3回 サークルK CUP ファミリー釣り大会inしまなみ」。大三島上浦多々羅スポーツ公園多目的グランドを受付場所にして「しまなみ海道」一帯の島で開催された催しで、その模様がテレビ愛媛の特別番組
で放映されます。釣り番組でお馴染みの「チョーさん」こと長島幸雄さんが当社大三島工場を訪問。さて、その内容は・・・。

工場にいらっしゃったチョーさんは見学通路から伯方の塩の製造工程を見学。最後は伯方の塩ソフトクリームを堪能するといった映像です。魚料理に塩は欠かせないものですが、釣り好きの方の反応は・・・?
釣りが好きな方、そして工場に来られたことのない方は必見です。
釣りと「しまなみ」の魅力を伝えてくれます。

放映予定:テレビ愛媛 6月5日(土)13:00~13:55。

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元玉春日関・片男波親方-新弟子育成の夢を語る

2010/4/16

愛媛県出身の元関脇玉春日は、2008年9月に引退後、楯山親方として後進の指導にあたっていました。そして、今年2010年2月4日に師匠である先代片男波親方(元関脇玉ノ富士)との名跡(みょうせき)交換により年寄・片男波(14代目)を襲名すると共に、片男波部屋を継承。愛媛出身の力士としては、68年ぶりの部屋持ちの親方就任です。
就任後、初めてとなる春場所も終えて、今日は抱負や夢について語ってもらいました。では、どんな新人を育てどんな相撲をとって欲しいのでしょうか?

●期待する人間像

「相撲は第一に、『礼儀作法』が大切です。そして、目標に向かって最後までがんばって欲しい。力士を教育指導をして育てていくのが相撲部屋の仕事です。力士は、みんなに注目をされていると意識していかなくてはなりません。伸びる子は、会えば分かります。『素直』な子は伸びます。」
そして「強くなる力士は頭がいいです。強い外国人力士も日本語の覚えが早いですね。」
また、こんなことも・・・。
「相撲は、まず兄弟弟子たちとの共同生活から始まる階級社会です。今の子ども達は自分の部屋を持って育っているのでギャップが大きいと思うが、弟子仲間との共同生活の中から目標に向かって頑張っていって欲しい。」と。

●どんなスポーツをしていればいいのでしょう?

「子どものうちは、どんなスポーツでも結構。足腰が強い子でやる気のある子を期待しています。体が細くても大丈夫!」

●子どもたちの食事

「今は、恵まれていて食べようと思えば手軽に食べ物が手に入る。これが嫌でも他のものがある。すぐ近くにコンビニもある・・・という時代。起・食・寝の時間のコントロールは大事です。腹が減れば何でも美味しく食べることができます。」

●今回、部屋持ちのおかみさんになった奥様に対する言葉は・・・

「まだまだ二人とも“親方”“おかみさん”という実感がないのですが・・・、相撲は男社会なので弟子たちが困った時に手を差し伸べてくれたら。力士と目線を合わせることが大切、と言っております。」

また、片男波親方は「子ども達が本物の力士の取り組みに触れて体験していく機会を増やしていきたい」と、意気込みを語ってくれました。
実は、この記事を書いている私も相撲の取り組みを生で見た時は、圧倒されました。土俵に上がった力士はテレビでみるよりもド迫力。ライトを浴びた強い力士の肌はツヤがよく、まさにオーラが出ているとしか言えませんでした。親方も「強くなるほどに肌の色が変わってくる」と。
国技館をはじめ、巡業などで自分の住んでいる地域に力士が訪れる機会があれば、是非子どもさんを連れて行ってあげてください。相撲の魅力にもっと惹かれるかもしれません。

礼儀正しさと忍耐強さと頭の回転の良さは、現役の頃から相撲界ではピカイチといわれる片男波親方。自分にとても厳しい親方ですが、新弟子を育てていく夢を語る口調や目には優しさが溢れています。

片男波親方の座右の銘―
「日々努力、日々精進、日々感謝。」

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〈レシピ〉基本の漬物に桜漬け(桜の花の塩漬け、桜の花漬け)を追加しました

2010/4/2

「伯方の塩」レシピ

基本の漬物レシピ『桜漬け(桜の花の塩漬け、桜の花漬け)』を更新いたしました。

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正岡子規が愛し、夏目漱石も食した伊予の「松山鮓(まつやまずし)」

2010/3/2

●伊予のお寿司といえば…

私が子どもの頃、お寿司といえば「はんぼう(寿司桶)」に入った具だくさんのバラ寿司でした。それが「松山鮓」とよばれる愛媛独特のお寿司と知ったのは、大人になってからのことです。

お祭りの日や家族の誕生日といったハレの日に、おばあちゃんや母が、さあ今日はお寿司をつける(作る)、という時。子どもだった私が「はんぼう」に移された炊き立てのご飯を年季の入った大きな団扇であおいだことを思い出します。大きなしゃもじに寿司酢をつたわせてご飯を切るように混ぜていく様を見つめながら、寿司桶いっぱいに立ち上がる蒸気とお酢の香りが鼻腔をくすぐり「今日が特別な日である」ことを実感したものです。

●どんなお寿司?

松山鮓の特徴は、瀬戸の小魚(エソやトラハゼなど)を焼いてほぐした身を酢にかました甘めの合わせ酢(「にごり酢」という)で寿司飯をつくり、刻んだアナゴや季節の野菜をもぶす(混ぜ込む)ことにあります。お寿司の上には錦糸卵や瀬戸の魚介を見た目もきれいに飾り付けます。季節によって具も変わります。
「もぶり鮓」とは「松山鮓」の別名ですが、具が多彩に混じっている様を意味しています。丁寧に「おもぶり鮓」とも云われます。

●正岡子規の好物だった「松山鮓」

小説『坂の上の雲』にも登場する松山出身の俳人・正岡子規は食いしん坊だったと伝わります。有名な句では、
「柿食えば 鐘が鳴るなり 法隆寺」
というように食べ物に関する句もたくさん詠んでいます。
子規の句碑は市内に数多く建てられていますが、松山市三津の水産市場の入口には、この「松山鮓」を詠った句碑(写真左・クリックで拡大可)が建っています。その句とは…

「われに法あり 君をもてなす もぶり鮓」
※子規は「松山鮓」が好物で、明治25年に親友の夏目漱石が子規の家を訪ねた時も子規の母・八重がつくってくれた「松山鮓」でもてなしたという話があります。
「ふるさとや 親すこやかに 鮓の味」
「われ愛す わが豫州 松山の鮓」

ちなみに、松山市道後公園にある「松山市立子規記念博物館」では、子規に関する資料を展示。その中で、子規と食べ物に関する映像も見ることが出来ます。

●道後で松山鮓の無料配布

2月27日に道後温泉駅前カラクリ時計横の放生園で、水産市場と三津浜婦人会の方が瀬戸の魚と子規がふるさとの味として愛した味を知ってもらおうと観光客に「松山鮓」を配布して大賑わいでした(写真右・クリックで拡大可)。
お鮓には、酢〆の青魚・穴子・エビ・煮含めたしいたけや錦糸卵などが彩りよくトッピングされていて、食べてみると甘酢のふんわりやさしい味で幸せな気持ちに包まれました。
次回配布は3月27日(土)11:35~の予定です。100食限定ですのでお早めに!瀬戸の小魚に関する情報は下記のURLをご参照ください。
「松山鮓」は、市内のお店や駅弁でも味わうことができます。

「松山鮓」の詳しいつくり方は、当社ホームページでUPする予定です。子規や漱石が楽しんだ「お袋の味」に思いをはせてみませんか?お楽しみに。

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