海を歩いて渡る島シリーズ1─伯方島

満潮時の大角豆島の様子
↑満潮時


↑干潮時-赤丸の中に一人立っています。

↑大角豆島に渡り、戻ってくる白長靴を履いた二人
↑大角豆島に渡り、戻ってくる白長靴を履いた二人

「海が割れるのよ~ 道ができるのよ~」という歌がありますよね。韓国の珍島(チンドン)のことを歌っています。これはトンボロ現象といって、普段は海によって隔てられている陸地と島が干潮時に干上がった海底で繋がる現象です。 実は、伯方の塩をつくっている3工場の近くにも、それぞれあったのです。
「海に道が現れ、歩いて行くことの出来る島」が・・・。

1回目は、当社本社工場がある伯方島の東側に位置する大角豆島(ささげじま)です。
伯方工場から車で5分ほど。伯方島の東側にある木浦港からだと車で7分ほどの距離。昔、塩田のあった瀬戸浜の沖合い180mにある無人島です。
伯方島は遠浅の海岸が多く、波静か。瀬戸内海式気候のため他の地域よりも降水日数が少なく、江戸時代から塩田で栄えました。
1800年代に着工した「北浦浜塩田」、「瀬戸浜塩田」「古江浜塩田」の3つの塩田があり、瀬戸浜塩田跡からは古墳時代のものと思われる製塩土器の破片が採集されたこともありました(伯方町誌参照)。
昔から塩田築造に最適な遠浅だから、大角豆島も干潮時には歩いて渡れるんですね。
今回、大潮の3日前の中潮でしたが、干潮時には予想していたよりも大きな道が現れ感動モノでした。
小さい島ですが、干潮時に出来る道は幅広く、歩いてみると貝がいる穴からポコポコ空気が出ていたり、さっきまで海の中だったんだという不思議な感覚を覚えます。道が現れると、小さいアナダコやヒオウギ貝を捕りに来る人がいるとか。
渡るには長靴を用意して少々濡れても平気な格好にしましょう。瀬戸内の夕焼けの中を二人でロマンチックに・・・。
くれぐれも道が消える前に戻って来てください。

※この海割れ現象は、4月~7月の大潮の日に見ることが出来ます。
冬期も干満差が大きいのですが、朝方で暗くて寒いので渡るのは無理だとか。
詳しくは釣具店に置いてある「潮汐表」やネットで潮汐の確認することをお勧めします。

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海を歩いて渡る島シリーズ2─大三島

古城島甘埼城跡・説明看板

お昼過ぎの大三島
↑4月29日お昼過ぎ

午後4時過ぎの大三島
↑同日午後4時過ぎ

潮が引き3つの島が繋がった状態
↑3つの島がつながったところを反対側から撮影

モーセの「十戎」のように海が真っ二つに割れて道が現れる・・・なんてことはありませんが、大潮の干潮時に歩いて渡れる島-シリーズ2です。

今回、紹介するのは、大三島I.Cを降りてくる時から見える古城島甘埼城跡(こじょうじまあまさきじょうあと)。説明看板によると、この島は愛媛県指定史跡であり、天智天皇十年(671年)に唐軍の侵攻に備えて築城とあります。
日本最古(!)の水軍城といわれるこの島、残念ながら現在その面影は見当たらないのですが・・・。
海底には築城礎石の巨石が並んでいるらしいとか。
I.Cを降りて最初の交差点を右に曲がり500mほど進むと沖合い160mほどのところに満潮時には大中小の3つの島が浮かんでいます。干潮時には1つにつながり砂州を伝って歩いていくことができます。大潮の時の干満差は3mほどとか。

お昼に訪れた時は満潮でしたが、夕方の干潮時になると団体旅行のバスのお客さんたちがたくさん渡っていました。
ツブやニシと呼ばれる貝を掘る人もいるようです。
干潮時の写真は、赤の点線で囲んだ部分に、よーく見ると人が数十人いるのが分かるでしょうか?
白い瀬戸大橋を遠方に見ながら青い瀬戸内海の中を渡っていき・・・太古の水軍城に思いをはせてみませんか?

※この海割れ現象は、4月~7月の大潮の日に見ることが出来ます。
冬期も干満差が大きいのですが、朝方で暗くて寒いので渡るのは無理だとか。
詳しくは釣具店に置いてある「潮汐表」やネットで潮汐の確認することをお勧めします。

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海を歩いて渡る島シリーズ3─明浜

満潮時の長浦島の様子
↑満潮時

干潮時の長浦島の様子
↑干潮時

長浦島をバックに撮影

いよいよシリーズ最終回。当社明浜工場がある愛媛県西南部の西予市明浜町に存在する長浦島(ながうらじま)です。
工場からは車で西に10分ほどの狩江(かりえ)地区にあります。島までの距離は約50m、周囲も50mくらいです。標高は14.5mということです。

地元では通称「タコヤキ島」と呼んでいます―干潮時の写真を見れば「なるほど~青ノリいっぱいのタコヤキだ!」地元の小学校の春の遠足でもよく渡っているとのこと。島の外周を周ることも出来るということです。

昔の明浜町誌によると、

「長浦島=昔から「島の元」と呼ぶのになぜ長浦島となったのか。長老に尋ねると、「明治30年代に日本に初めて5万分の1の地図が出来た。その測量の係官がこの島の名を聞かれて島の元と答えた。島の近くの地名はと続いての問いに、島の本・長浦・セウセウと返答、『島の本近くの島の元はまぎらわしい。長浦島はどうかな』の一言にそれは良い名ですぞと、その場で決まってしまったらしい」――と町内の新しい大型の地図には島の元と記入されている。」

撮影日は、大潮の1日前です。

※この海割れ現象は、4月~7月の大潮の日に見ることが出来ます。大潮の前後にわたることが出来ると思われます。冬期も干満差が大きいのですが、朝方で暗くて寒いので渡るのは無理だとか。詳しくは釣具店に置いてある「潮汐表」やネットで潮汐の確認することをお勧めします。

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